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2017.09.15 Friday

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2008.09.02 Tuesday

G8議長サミット記念コンサート

まず言っておきたいのは、本当のことしか書かない、ということ。








タイトルにもあるように、ぼくは今回ある方からのお誘いでこのG8議長サミット記念コンサートの運営にボランティア委員として名を連ねさせていただいた。
しかしこの度私事で動き回っており、殆どと言っていいほどお役に立つことができなかったことを悔いており、そのことは関係者の皆様に申し訳なかったと思っている。



先日8月30日、AKI弦楽合奏団の皆様から15周年記念サマーコンサートにゲストとして呼んでいただき、演奏する機会があった。
ちゃんと数えてはいないが気が付けば3年ほどだから、連続で5・6回の定期演奏会に出演させていただいている。大変嬉しいことだ。
前半の締めとして2曲合奏を終え、いつもなら2部の演奏を楽屋で聴いていたのだが
今回は何だか近くで聴きたくなったったので、誰もいない上手の袖でペットボトルのお茶を抱えながらイスまで引っ張り出して、独り占めの状態で演奏が始まるのを待った。
15周年ということで、楽団以外のエキストラも交えてモーツァルトの交響曲第40番ト短調が聴けるとのことだったからだ。

正直に言うと、これまでぼくにとってオーケストラの演奏というのは子守唄であった。
演奏が始まる直前まで今回こそは・・と意気込んで目を必死に開けるのだが、いつもいつもその時はあっけないものだった。
きっと必死に睡魔に抵抗するぼくの後頭部は、真後ろの席の方にとって感動を薄れさせるものだったに違いない。申し訳なかった。

ぼくは40番について熟知しているわけではない、どころか何もかもよく知らなかった。
単純になるべく側で応援したい気持ちだったのかもしれない。
そうして演奏ははじまった。

080830_1811~01.jpg



不思議だった。

これまで交響曲に真剣に興味を惹かれることなく今まで来ていたのに、
なぜか今回は聴いているうちに様々なイメージが湧いて終わらないのだ。
それはとても寝るどころではなかった。
ぼくは聴きながら過去を辿り、現在をみつめ、未来に思いを馳せたりしてあそんだ。
また上手袖の様々な場所に目を泳がせて清清しい想いに浸った。
時には指揮者を見つめ、タクトを追った。
そのマネをした。
あるときは一点を見つめて、その旋律やリズムや衝動にぼくなりのそれらとの出逢いの意味を探した。

それはまさにぼくなりのオーケストレーションの感じ方との出逢いだった!




080830_1821~01.jpg




第4楽章まであるK.550はあっという間に終えた。
とても楽しい旅であり、贅沢な時間を上手袖で独占した。

AKI弦楽合奏団の皆様、本当にお疲れさまでした。






















080902_0205~01.jpg



ぼくにとってセンセーショナルな出逢いから2日後の今日。



仕事を終えたぼくは、少し寄り道をしてから会場に向かった。
実はその時はまだこのコンサート自体にそれほどの情を持っていなかった。
何が起こるのか見届けようというくらいの気持ちだった。
しかし先々日のことが記憶に新しいので広響の演奏を楽しみにしていた。
同行してくれる生徒とおち合い、会場入りした。

曲はまたもや嬉しいモーツァルトで、ヴァイオリン協奏曲第5番イ短調K.219「トルコ風」。
ソリストはまだ20代である岡崎慶輔氏で、若輩者のぼくが言うのもあれだが、未来を感じさせる歌いっぷりでとても楽しかった。もちろん先々日同様、演奏の懐を探検したり時には飛び越えたりしながらしっかりと楽しんだ。元を取る勢いである。









そして、このあとの演奏に立ち会うことができたことをぼくは光栄に思うことだろう。




このコンサートを締めくくるのは、被爆二世である全聾の作曲家の佐村河内守氏の
「交響曲第1番」の初演上演であった。
ぼくはただ単純に初演に立ち会う、というだけで楽しみにしていた。






始まった。



うっすらと暗雲が立ち込め始めた。
先程のモーツァルトでの記憶は、程なく暗雲に消えていった。



雲の流れが少し速い。ぼくは辺りを見渡そうとしたが視線をあまり動かすことができなかった。




崇高な旋律が漂い、それがぼくに余計なものを捨てさせる







ぼくは出逢ったことのないものに囲まれている。
そんな戦慄がこころに走り始めている、それは、恐怖のようなものではなかった。
何かがその場にいる者たちに晒されようとしているような空気の前触れが、
次第に膨らみながら粛々とうたわれてゆく。

どういればよいのかわからなかったが、確実に何かと対峙しようとしている。
だから足に地をつけて待った。









待った。




膨らみはあるところからその速度を上げ、そして

これまで聴いたことのない轟音と共に目の前に現れたのは、巨大な倫理のようなものだった!
それは個人レベルから生まれたものかもしれなかったが、人間のこころに収まるような小さなものではなかった!

意識などとうに飛び越えた、惑星や宇宙レベルで存在するすべてのものに対しての倫理や生、そのものだった。



もうそのときには涙をこらえることができなかった。










それがぼくの対峙したものだった。



それは悲観でも絶望でも苦しみの極地でも孤独の果てでも世界の終わりでもなかった。

ただ揺らぐことのない巨大な事実だった。






その後に静かに流れる川の水のように訪れた無垢な旋律は、ぼくのこころを裏切った。
それはぼくらが今生きる現実の世界の、あきれるくらい素朴な祈りの調べだったからだ。









ぼくは聴いている間、時間を感じることがなかった。
それなのにとても早く終わってしまった気がした。
ぼくはもっとそこに居たかったし、しばらくその音が止まないで欲しかった。
敢えてそうなのか、どうなのかはわからない。
しかし最後に佐村河内氏は、「祈るだけではどうしようもなく、祈ることを伝えていかなくてはならない。我々の未来のかたちである子供に・・」といって
自分に向けられた観客の止まぬ拍手を、彼の隣に寄り添っている子供に向けたのだ。


それがすべて。






このとてつもない内的体験を忘れることはできないだろう。
ぼくは音楽家の端くれとして、文化を担うものとして責任をしっかりと追って生きていたい。そんな思いを強く持つことができた。

すべてのひとはきっとその運命の起伏から逃れることはできない。
実に単純な言葉だが、それぞれがすべてを受け止めてその一歩を確実に踏みしめながら生きることができるなら、そこで初めてそれぞれの本当の体温を伝え合い、知り合うことができるだろう。







またほんとうの感動とは、その体温の交感そのものである。







最後に、広島交響楽団の方たちと指揮者の秋山和慶氏、偉大な作曲家の佐村河内守と
このコンサートに関わることができた運命にこころから感謝したい。





ありがとうございました。










































2017.09.15 Friday

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コメント
いよいよ5・31が迫ってきました。
4声ポリフォニー『REQUIEM“HIROSHIMA”』これはアカペラで更には母音唱法で歌われる為に作曲されたそうですが、Kid様ならお分かりでしょうが、母音、アカペラ、ポリフォニー音楽となると相当難しいです。なのに佐村河内 守さんはこの祈りの大合唱に子供たちを要求しました。
原爆、反核、平和を次世代へ音楽で語り継ぐとおっしゃっていたことを本当に実践されました。
ですからまだ未熟な子供たちの歌声を批判の耳で聴くつもりはありません。私はこのREQUIEM“HIROSHIMA”は上手い下手ではなく汚れなき目を持つ子供たちの祈りの深さを感じる為に出かけたいと思います。
私は5月31日が第二の祈りの日になる予感がします。
当日、平和の聖地である平和公園は、傷みを知る広島人たちの真摯で厳粛な祈りで包まれることでしょう。
Kid様は行かれますか???
  • マッキン
  • 2009.05.28 Thursday 02:56
今朝の中国新聞にドガン!
  • あぁ
  • 2009.05.24 Sunday 16:24
Kid様
はじめまして夜桜るいと申します。
もうすぐ5・31REQUIEM HIROSHIMAですね。10分もない短い曲ということですが、聴きたかったなあ・・・・・私、東北なんで広島には行けないんです。
Kid様、行かれたらどうか感想を立ち上げてくださいね。心待ちにしています。
  • 夜桜るい
  • 2009.05.01 Friday 11:14
とむ〆〆〆様
コメントをありがとうございました。
何事にも言えることですが、自分の感覚にヒットしたものが見つかったときと言うのはとても嬉しい気持ちになりますね。
大切にしたいものです。

安室様
コメントしてくださりありがとうございました。
そうですね。現代音楽というのは個人的には口で説明がつかないものだと思っています。
「聴く」よりも「感じる」と言うことに特化されるジャンルだと思うからです。
第一番の演奏中、やはり僕は音のひとつひとつを「感じ」続けていました。とても素敵なことでした。
また、スレ文面をお褒めいただきありがとうございました。
なんだか恥ずかしいです。

タミキ様
コメントをありがとうございました。
コメント文面からすると広島の方なのかな?
これからもこの広島からかけがえのないものが生まれて行くといいですね。
地元は大切にしなくてはと思います。





  • kid
  • 2009.03.20 Friday 01:29
ええね佐村河内守さん!
  • タミキ
  • 2009.03.16 Monday 13:37
佐村河内守さんの交響曲第一番に惹かれまくっています。どなたもおっしゃいますが現代音楽とて、これほどに内実の伴った音楽であるならどんなに長大であれ、どんなにロマン性に溢れていようと『佐村河内守さんそのものが掟』という説明で十分納得がいきますよね。
あと、管理人様の感性(スレ文面)に妙に感動してしまった私でした。
お邪魔しました。
  • 安室
  • 2009.03.07 Saturday 20:35
佐村河内守《交響曲第一番》


ええ響きや!!!
  • とむ〆〆〆
  • 2009.03.03 Tuesday 18:07
しず様
コメントをどうもありがとうございました。
お聴きになるのであれば、できれば生演奏が一番だと思いました。
良い機会に恵まれるといいですね。

康晴様
こんにちは、コメントをありがとうございました。
5月31日のお話、様々な場所で聞くようになりましたね。
もちろん行きたいと思っています。
東京からいらっしゃるのですね!すごい!
音楽と言うのは形に残ることのない不思議な体験でもありますよね。
やはり現場に出かけて、しっかりと体験として残したい
と、思います。



  • kid
  • 2009.02.28 Saturday 03:06
5月31日、原爆ドーム前で100名による大合唱隊が佐村河内守さんの4声ポリフォニー「REQUIEM“HIROSHIMA”」という曲が典礼儀式的に歌われるようですが(観覧は自由だそうです)が、当然Kid様も行かれますよね。この合唱のシーンは、今年の8月6日の原爆の日に放映される、テレビ新広島の原爆の日特集「佐村河内守の“ヒロシマ”が聴きたい」の中に収録されるようです。私は歌は苦手で佐村河内守さんの「交響曲第一番」に興味津々なのですが、佐村河内守さんが書かれたレクイエムとなると話しは別です。東京在住ですが、なんとか広島へ行くつもりです。
  • 康晴
  • 2009.02.27 Friday 16:28
佐村河内守《交響曲第一番》

聴いてみたい!
  • しず
  • 2009.02.17 Tuesday 08:46
由実様
おはようございます。
コメントをありがとうございました。

実は私自身も交響曲についてとても知識が浅く、
史実的な観点からお話をしたりできないのですが、
由実様の質問から思うことはひとつに氏が現代の作曲家であると言うことです。
クラシックをお好きな方は、その音色から当時の情景や歴史に思いを馳せたり
またはお聴きになる方々それぞれの個人的な想像を喚起させられたり
ひとつひとつの楽器の音に耳を傾けたり、指揮者の情熱を感じ取ったりと
ほかにもまだまだ多様な楽しみ方があるでしょう。

しかし同時代に同じ国で生きる作曲家の交響曲と言うのは、
特別に違いないと思うんです。
同じ空気を吸い、同じ歴史を体験し、同じ世相の中で生きている。
私は現代美術が好きで、時間があれば観賞しに出掛けるのですが
それは彼ら現代美術家の多くは今現在流れる空気・歴史・世相などが
創作のソースになって、そこから作品が生まれるため
私にとっては現代を反映するメディアとして映るからです。
世界で起きていることが、彼らの作品からよくわかるのです。

私たちは、たとえばバッハの時代を生きたことはありません。
ですから歴史や宗教といった何の予備知識もなく
バッハの作品を聴いてその彼の生きた時代を如実に思い描くことはできませんが(それはそれでひとつの楽しみ方としてありだと思っていますが)、
私たちは佐村河内氏と同じ時を生きています。
だからこそ、彼の作品を身近に感じることができる、
それこそが特別に思えるひとつの理由のような気がします。

つたない言葉でしたが、なんとなくわたしの言おうとすることをお分かりいただけたでしょうか。
言葉って難しいですね。
ましてやここでは表情も抑揚も間もないコミュニケーションだからこそ、余計にそう思います。
ここでコメントを下さった方々が、いったいどんな方なのだろうと
よく思います。
  • kid
  • 2009.02.13 Friday 09:30
KIDさん、私はクラシックはまだ一年生です。ここ数年でかなりの交響曲に触れてきたつもりなんですが、佐村河内守さんの交響曲第一番には特別な素晴らしさを感じてしまいます。何故でしょう???
  • 由実
  • 2009.02.12 Thursday 21:22
晃様
コメントをありがとうございます。
聴きたいと思っていれば、必ずその時がやってくると思いますよ。
先に楽しみが待っているのはとても素敵なことですね。
ぼくは好きなもの以外から手をつけて、大好きなものは最後に食べるのが好きです。楽しみは後にとっておく、のような。

マルキド様
コメントをありがとうございました。
大のクラシックファンでいらっしゃるのですね!
氏の交響曲第1番は、作品のスケールの大きさにとても感動しました。是非体験されることをお勧めします。
私はこの作品自体が氏自身であると思いました。
つまりこの作品を体験することは、氏の人生を体験することと同じだとも思いました。

  • kid
  • 2009.02.11 Wednesday 18:10
ようやくYouTubeというのでニュース23を観れました。佐村河内守さんの交響曲第一番・・なんか良い感じですねえ!自分は【馬鹿】が付くほどのクラヲタなもので、良さそうな演奏会なら平気で各地方を飛び回っています。佐村河内守「交響曲第一番」の次の演奏会があるなら何処へでも馳せ参じるつもりです。ついでに彼の存在から勇気みたいなものも貰えたら最高だと思っています。
  • マルキド
  • 2009.02.08 Sunday 23:48
佐村河内守の交響曲第一番を側で聴いたKidさんが羨まし杉・・・

モレも早く聴きたいです。
  • 2009.02.04 Wednesday 21:19
みなみ様
コメント、ありがとうございました。
クラシックのことを知らなくったって、感動するものにジャンルなど関係ないと僕は思います。
ここへの皆さんからのコメントにもあるように、佐村河内氏の音楽はクラシックのファンの方々のお墨付きでもあります。
そしてクラシックのことを知らないあなたも佐村河内氏のファンです。クラシックを用いて表現されている氏が、両方の方々から慕われているなんて素敵だと思います。
人間は一生懸命な何か、真っ直ぐな何か、嘘のない何かに触れると感動することができます。
きっと氏は懸命に生きておられる方だ、と感じます。
だから、それだけで良いんだと思います。
その感動はとっても素直なことです。
  • kid
  • 2009.02.04 Wednesday 01:03
私ばかだからあんまりクラシック音楽のことわかんないんだけど佐村河内守さんにだけは心底感動してるよ、それだけでいいのかな!?・・・・なやみます
  • みなみ
  • 2009.02.02 Monday 13:26
克哉様
大事なコメントをどうもありがとうございます。
それはかけがえのないきっかけでしたでしょうね。
命を救われる、ということがどんなに大切なことか。
どんなに尊いことか知れません。
私もほかの人様と比べてはいけませんが、そういったことが頭をかすめたことも幾度かありました。
しかし何人かが私の周りで実際に命を落として行くのを目の当たりにして、その考えをとどめることができました。
言わずもなが、音楽はそのような時とても重要でした。

とどめたきっかけになった事に対していつまでも感謝しなければならないと思いました。
私事になってしまいすみません。
それは確かに克哉様にとって言葉にならないものでしょうね。
本当に大切なことです。

野中アキタダ様
はじめまして、コメントをありがとうございました。
この世の中にあって、氏の曲は強い真実を強く語っていると思います。
私たちはいつだって本物を求めている気がします。
人間の心は感動しなければまっすぐ生きていくことはできなくて、
自分にもつくづくそう思うのです。
私たちの心の中で氏の音楽を大切にすることができたなら、
きっとそれがそれぞれにとって本望なのではないかと考えさせられました。
ぜひ生演奏で体験したいものですね。


  • kid
  • 2009.02.02 Monday 12:23
佐村河内守の存在は今の日本にとって、今後非常に重要なものになることは間違いないと思う。
  • 野中アキタダ
  • 2009.01.31 Saturday 21:48
私はG8へ行っていないので皆さんが絶賛される佐村河内守さんの交響曲第一番の素晴らしさを肌では知りません。
ただ佐村河内守さんその人の素晴らしさは誰より理解しているかも知れないのです。
いろんな事に絶望し、死を選択しようとした時に出会ったのが佐村河内守著『交響曲第一番』だったのです。
私はこの本に命を救われました。

言葉もありません。
  • 克哉
  • 2009.01.30 Friday 20:27
京娘様
はじめまして。コメントをありがとうございます。
23でご覧になったのですね。
私はG8で体験しました。自然な涙が浮かびました。
京響のHPにはまだなにも情報がありませんでしたが、
ぜひそうなると良いですね。
  • kid
  • 2009.01.30 Friday 11:17


うちは佐村河内守はんの交響曲第一番が絶対やわ。


ニュース23で観て泣いて泣いて・・・音楽では交響曲第一番に鳥肌たったえ。
もしほんまに次の演奏会が京響はんなんやったら、もううち号泣やw
  • -京娘-
  • 2009.01.28 Wednesday 16:04
ヨリマサ様
コメントと貴重な情報をどうもありがとうございました。
参列自由・・なるほどですね。
私はもちろん原爆とその影響を体験したことはありません。
しかしこの地に何年も暮らしていると、次第に他人事とは思えず
自分のアイデンティティのひとつの重要な要素になり得る気がしてくるのです。
だから歴史を体験できるものは正面から感じたいと思います。
きっと佐村河内氏は御自分にでき得ることをできるだけ最大限に実現しようとなさっている方なのではないかなと思います。
もし京都でお聞きになれるのであれば、ぜひヨリマサさんに体験していただきたいと思います。
この時代にあって、荘厳な何かに出逢うことができると言うのはとても幸せなことです。


クロニクル様
コメントをありがとうございます。
私も当日参列する予定です。
自分を揺り動かしそうなものを求めて動いてゆくことはとても素直な行動ですよね。
それが自身を豊かなものにしていく気がします。
クロニクル様はどちらにお住まいか分かりませんが、気を付けていらしてください。
当日が貴重な日になりますように。
  • kid
  • 2009.01.28 Wednesday 12:58


佐村河内守の交響曲第一番は凄い曲だね・・・このクラヲタおやじも舌をまいたよ・・・



4声ポリフォニー『REQUIEM“HIROSHIMA”』・・・5分だろうが10分だろうが必ず聴きに行く。

歴史の生き証人になるだろうから。
  • クロニクル
  • 2009.01.27 Tuesday 20:52
私も多少情報ゲトしました。佐村河内守さんのREQUIEM“HIROSHIMA”という曲は10分もない短い曲とのことですが、堂々たる中世典礼音楽のようなので長さなど関係ないですよね。哀しみに満ちた荘厳極まりない精巧なポリフォニー音楽のようなので、原爆ドームに向かい原爆死没者の方々の魂を鎮める為のこの音楽は、演奏会というより典礼儀式のような意味があるようです。ですから鑑賞自由ではなく、参列自由という言い方になっています。世界唯一無二の被爆二世クラシック作曲家の佐村河内守さんにしか出来ない、否、意義を最大限に発揮できないものでしょうね。自分は現在、佐村河内守の交響曲第一番の次演を行う京都市交響楽団の情報を探っています。
  • ヨリマサ
  • 2009.01.25 Sunday 11:24
めい様、はじめまして。
またようこそこちらにいらっしゃいました。
コメントをどうもありがとうございます。
それにしても、インターネットと言うのは不思議ですね。
こうして思いがけない出逢い方でまだ見知らぬ誰かが話しかけてくださるということに、未だに新鮮な感覚を覚えます。

新しい情報をありがとうございます。
ジュピター合唱団さんとは私の所属するひろしま国際オペラスタジオとかねてから縁があり、今年の3月での定期公演「仮面舞踏会」でも合唱を依頼させて頂いています(宣伝のようになってしまいましたね・・)ので、団員の方から詳細を聞いてみたいと思います。
その公演、ぜひ観にいきたいと思います。
音楽は聴くよりも体感・体験したいものだと個人的に思っています。
本当の体験する感動は現場(生)にあるものですし、それは演奏側としても、聴衆側としても言い切れる部分が有ります。
クラシックが時に崇高で荘厳で偉大なのは、そこにある気がしてなりません。
ここに佐村河内氏の第一番の体験をことばで書かせていただきましたが、やはり伝え切れていません。
なによりも足を運ぶことがいちばんいいですよね。

だから、めい様はとても素直な方なんじゃないですか?(笑)


  • kid
  • 2009.01.24 Saturday 15:34
ここいいなぁ

KID様はじめまして、めいといいます。

多分新情報だと思います。
5月31日広島平和公園の原爆ドーム前で100人の大合唱団が歌います。
曲は佐村河内守さん作曲の4声ポリフォニー『REQUIEM“HIROSHIMA”』です。
テレビ新広島の8月6日原爆の日特集「佐村河内守の“ヒロシマ”が聴きたい」という番組に使われるようです。
広島ジュピター少年少女合唱団のHPや、個人ブログなどで急激に話題が盛り上がっています(情報おわり)
私は佐村河内守作曲の交響曲第一番に痺れています。
ここ20年でNo.1の交響曲となりました。
佐村河内守さんの交響曲第一番の次演が聴けるなら外国でも行く覚悟ですが、もちろんこの度のREQUIEM“HIROSHIMA”も聴きに行きます。札幌在住ですが無問題ですよ(笑)
  • めい
  • 2009.01.23 Friday 15:14
ヤニス様
コメントをありがとうございました。
近頃G8コンサートにいらした方々が次々にコメントを書いてくださるので、とても嬉しいです。きっとこれもひとつの縁ですね。

「100%内実の伴った音楽であれば、現代語法じゃろうが、ロマン派語法じゃろうが誰が文句を言えましょう。」

私はヤニス様の書かれたこの言葉が好きです。
僕もそう強く思います。
そしてまた100%内実の伴った音楽は聴く者を選ぶことなく
それぞれのこころに感動を起こすはずだとも信じています。
自分に確かに響いた確かにいいものを大切にしてゆきたいですね。


  • kid
  • 2009.01.11 Sunday 03:11
KIDさんこんにちは。
G8いきました。
わしもクラキチで、現代作曲家の初演を聴きによー遠出するほうですが、あがな形で、しかも地元で凄い現代作品を聴けたなんて、こがな幸せなことは無いおもーとります。
現代作曲家には、いわゆる現代音楽という果たさにゃいけん常識みたいなもんがありますが、佐村河内守(もちろん現代の作曲家)の交響曲第一番だけは【あり】じゃ思いました。
みなさんも書いとられますが、同じ現代作曲家でも、佐村河内守は特別な宿命と苦悩を背負い特別な生き方をされておいでです。その絶望的苦悩や、そこから自然と溢れ出る悲願たる祈りの灯の音楽は、まさに氏の内実そのものじゃと思います。しかもしっかりと独自性の和声もお持ちじゃ。
100%内実の伴った音楽であれば、現代語法じゃろうが、ロマン派語法じゃろうが誰が文句を言えましょう。
わし自身が古典派やロマン派が好きゆーんもありますが、現代に生きる佐村河内守の交響曲第一番がきちんと評価され、原点回帰のええきっかけとなったらと願っとります。
ほんまに佐村河内守の交響曲第一番は素晴らしい曲じゃった。
  • ヤニス
  • 2009.01.08 Thursday 17:42
皆様、コメントが遅くなってしまってすみません。

あのG8サミット記念コンサートからしばらく経つのに、未だにこうしてこの記事に対してコメントしてくださる方々がいらっしゃるということが、氏の交響曲第1番がおおきく人々の心を揺さぶり、突き抜けてゆく楽曲であるかを物語っています。
また、こうしてこのことを共有できることを嬉しく思うのです。


ぽんた様
こちらこそご無沙汰しております。
広島市民賞受賞は大きなことですね。
私は広島に住んでいますので、とても誇らしい出来事です。
そしてこの地で生活していることに大きな意味を感じます。

中路様
はじめまして、こんにちは。コメントをありがとうございました。
芸術と言うのはきっと本質から発信される何かです。
世相が逆境の時には、人の心に対してさらに大きな意味を持ちます。
私はあの時そのことを目の当たりにし、体感したのだと思います。
ひとのこころは弱いものですね。
しかし、我が身の状況に打ちひしがれているひとは同じように
打ちひしがれているひとのこころを分かることができます。
佐村河内氏の第1番は、氏自身の逆境との闘いの歴史が織り込まれているように思います。
ですから私はこれを聞いて、自分自身に立ち向かう勇気を得ることができます。だから感動するのだと思いました。
こんなことに出逢えたことはとてもしあわせなことです。
この体験をこれからも大切にすることができるといいですね。

G8様
はじめまして、こんにちは。コメントをありがとうございました。
あの場にいらしたのですね。
そうですね、youtubeはあくまでも疑似体験に過ぎない気がします。
音楽(すべての表現においてですが)はこの生身で体感するのでなければほんとうの感動は有り得ないと思っています。
ですからネットなどでご覧になった方々も、それをよいきっかけに実際に足をお運びになられたらいいですね。
私は演奏家ですが、その立場からもつくづくそう思います。
感じる感性を忘れてしまわないようにしなければと思います。
しかし、思い返せば心から感動することができたひと時でした。
また、耳ではなく身体全体で感じることができた稀有な演奏でしたね!




  • kid
  • 2009.01.04 Sunday 23:47
G8コンサートにいった僕。
やはりほんの微量しか映らないYouTubeごときでは、本当の佐村河内守『交響曲第一番』の素晴らしさは判らないですよね。しかしあれだけでもビンビン伝わる人には伝わる訳だからいかにあの曲に奇跡的な力(天才的な力)があったかが解ります。
コンサートに運よく立ち会った観客のは、骨の髄まで伝わったことでしょう。
あの熱狂ぶりが『交響曲第一番』の素晴らしさを証明しています!
  • G8
  • 2009.01.03 Saturday 23:05
世の中には現代のベートーヴェンのようなこういう天才の存在が絶対に必要だと思います。
繊細で弱者に優しい佐村河内守さんだから精神を病んでしまった・・・当然だと思います。
僕ならとっくに死んでます。
  • 中路
  • 2008.12.28 Sunday 18:36
kidさんご無沙汰してます、ぽんたでございます(_ _)

2008年度の世界平和指定都市『広島市民賞』を佐村河内守さんが受賞されましたね!(朝日、読売、毎日、中国新聞ほか夕方の各局ニュースで知りました)

素晴らしいことだと思います。
我が国が世界へ誇れる、世界唯一の現代のベートーヴェン佐村河内守を心から讃えています。
  • ぽんた
  • 2008.12.07 Sunday 13:56
沖様
コメントをありがとうございました。

佐村河内氏はとても謙虚に言葉を選んでお話されていて、素敵な方だと思いました。
また、人生に対して真っ向から対峙されていることも強く感じました。
自分の心を揺さぶる何かに出会うことができると言うのは、幸せですね。
  • kid
  • 2008.12.04 Thursday 11:25
現代のベートーヴェン佐村河内守万歳!!

短文すみません、心から感動し、叫ばずにはおれません。
すみませんm(._.)m
  • 2008.12.04 Thursday 10:13
多治見様

はじめまして。コメントをありがとうございました。

私はG8コンサートの広告を見るまで氏の存在を知らなかったので、当日の演奏はカウンターパンチの様でした。
自分が感動を欲している人間だということ、音楽を体感することの素晴らしさ、人間の想像力の深さ広さ、真実の強さ、様々な本当のことを知ることができました。

あの場で同じ空間を共有した多くのひとがコメントを下さることを、嬉しく思います。
私も演奏家として、真実に向かって生きたいと強く思います。
  • kid
  • 2008.11.28 Friday 13:47
お邪魔します、多治見といいます。
天才などという言葉は安易に使いたくありませんが、佐村河内守氏に限っては躊躇の必要性を感じません。僕は管弦楽ファンであり、ゲームには全く興味がなかったんですが、当日大管弦楽曲やそのクオリティの高さとして大変話題になった鬼武者のサントラを購入しました。佐村河内音楽とはそれ以来の付き合いです。自宅が鳥取県ということもあり、G8コンサートには喜び勇んで駆け付けました。結果は大正解!ゲーム音楽では判らなかった佐村河内氏の天才性をありありと感じることができ、というか完全に畏怖の領域まで達してしまい、大満足で帰宅しました。
運命、障害、病、全て取っ払って音楽だけに集中し評価判断したけっかがこれでした。

佐村河内守は真の天才です!


長文すみません。
  • 多治見
  • 2008.11.23 Sunday 10:55
ぽんた様

第一番全曲ですか!すごいお話ですね。
札幌からいらっしゃるというのもまたすごい!
いろいろチェックしてみますね。
いつも情報をありがとうございます。
  • kid
  • 2008.11.19 Wednesday 17:52
やりました!

いくつかのblogで同内容の良情報を発見!!


いつかは未定のようですが、佐村河内守さんの交響曲第一番全曲世界初演の話が京都で進んでいる、と朝日新聞に記載があったそうなんです!


こんどこそ逃さないようアンテナを張り巡らせておこうと思います。

私は札幌市なんですが、会社を休んででも必ず行きます!!!


あーヤバイ!休憩がおわります〜
では失礼します
  • ぽんた
  • 2008.11.17 Monday 12:51
ぽんた様、はじめまして。キッドです。

コメントくださりありがとうございます。これも何かの縁なのでしょうね。

私はこの度、縁あってボランティアスタッフとして関わらせていただくことができました。
それまで全く佐村河内さんのことを存じませんでしたが、
プロフィールに目を通した時から、真摯な音楽を聴くことができるかもしれないと思い、とても楽しみにしていました。

しかしその音楽は、私の予想をはるかに超えたスケールで私自身を巻き込んでゆきました。

ぽんたさん、是非とも次の機会を逃さずに足を運んでいただきたいと思います。ただただその音のひとつひとつをしっかりと受け取るだけで、言葉が追いつかないほどのおおきな何かを感じられるのではないかと思います。

私もまた次の機会には必ず立ち会いたいと思います。



  • kid
  • 2008.10.14 Tuesday 16:15
こんにちは。

はじめましてぽんたと申します(_ _)

ニュース23を観て初めて佐村河内守さんを知ったのですが、物凄く感動しました。


番組内で交響曲第一番のもようが少し映ったんですが、それだけでもこの曲のクオリティーがいかに高いものかわかりました。



あーっ、最初から知ってたら会社休んででも広島にいってたのに・・・・・
残念ですよ・・・・

今度またTBSで拡大番組をやるみたいですから、その時もう少し初演のもようをやるんじゃないか、と淡い期待を抱いております。

初演を体感された現代キッドさんがマジうらやましいです
;_;
  • ぽんた
  • 2008.10.12 Sunday 14:55
瀧澤様、こんにちは。

今日、特集なんですか!
まったく知りませんでした。
ありがとうございます、観ようと思います。
  • kid
  • 2008.09.15 Monday 11:48
佐村河内さんの特集(ニュース23)
キッドさん、今夜ですよね!
G8の初演のようすもやるでしょうかね?ワクワクです!!
  • 瀧澤
  • 2008.09.15 Monday 11:00
Andrea様、コメントをどうもありがとうございます。

探してみますね。



瀧澤様、コメントをどうもありがとうございます。

レジェンドの1ページという行、よくわかる気がしました。
私もこれから時代を創っていくべき音楽家の端くれです。
常に感動を求めていますが、畏怖を伴った感動というものは
多いものではありません。
しかしこればかりは、自然に対する畏怖と似たものでした。
とてつもないおおきさを感じ、またそこに人間をとうに超えた何かを
目の当たりにしました

共に同じ時代を生きるものとして、私も私の何かをすべきだと思います。

そしてその最中で私はまた、この公演に立ち会わなければと強く思います。



ありがとうございました。


  • leon
  • 2008.09.12 Friday 02:29
佐村河内守「交響曲第一番」心底震撼してしまいました。
始まって数秒もしないうちに、氏の脳内へ入り込みまるで幽閉されてしまったかのように、その魅惑の世界から一歩も抜け出せなくなっていました。
自分は音楽家崩れ(恥)ということもあり、これまで数え切れないほどの邦人作曲家の新作初演を聴いてきましたが、これほど完成度の高い邦人の現代作品は佐村河内守の交響曲第一番が初めてでした。
和声法、管弦楽法、対位法、楽器法、どれをとっても超一級品。しかも、3管編成で、本来の第二楽章を含めると74分に達するという長大さ。
語弊を恐れず言うなら、更にはその人は全聾者なのでした。
事前情報として佐村河内守の自叙伝を読みました。
RCCのニューストピックスなどでは「23年もかけて完成」などとなっていましたが、交響曲に挑み初めてから完成までが20年というのは確かなのですが、改訂を繰り返しての20年ではなく、破棄を繰り返しての20年であり、実際のこの交響曲第一番は、着手から完成は完全全聾以降の3年間で書かれたものでした。
畏怖なくして語り得ない作曲家です。
秋山氏、広響の名演の末、この超人的な作品は聴衆の熱狂的な大喝采を浴びて幕を閉じました。
自分の目に溢れていたのは、決して不遇な作曲家への同情などではなく、人間の持つ驚異的な力というものを目の当たりにした時の畏怖を伴った感動でした。
会場を後にし半放心状態で歩く自分の脳裏に「私はレジェンドの1ページに運よく立ち会ってしまっていたのかも知れない」という思いが浮かびました。
今、自分は佐村河内守「交響曲第一番」の秋山、広響での全曲版初演を強く望んでいます。
  • 瀧澤修
  • 2008.09.10 Wednesday 20:34
こんばんは、
佐村河内 守  著
交響曲第一番
講談社から出ています。

良かったら、読んでみてください。

Andrea
  • Andrea
  • 2008.09.08 Monday 23:47
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